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 ちちははの骨に挟まれ亡き夫がセンターにゐて家とふ虚構
               (題詠2014:48 センター)

             IMG_3576.jpg

八月お盆、九月お彼岸、その間に夫の月命日があって、一年で一番お墓に通うのがその季節。
このお寺は納骨は壷から出すやり方なので、お線香を焚き煙草に火をつけて手を合わせると石の下に重なる三人の骨をつい思い浮かべる。子どもを作らない夫婦だったので、義父が義母のためにお墓を建てるときにさして何も考えず半分出して、裏には朱で夫と義父の名を入れた。

漠然と、まず義父、その後があたしと思っていたから、○○家の墓 なんてのも単に形式と捉えていたのだけどこうやって残る者になってしまうと、親子三人仲良く固まっているのから疎外されてるような妙な気分になる。彼と一緒になったのも嫁に入るなんて形ではなく、桐生へ戻るときも同居なんか考えずこちらはこちらと互いに思っていたのになりゆきとは恐ろしい。
もっともそんなことを考えてしまうのは結婚して姓を変えた女だからかもしれない。

ときどき夫あるいは姑や舅とは別のお墓に入りたいという身の上相談なんかを見て、死んだ後なんてどうだっていいじゃないかと思っていたが、いざ自分の後がないと彼とは別にとは願わないがどうしたものかと考える。ご住職からは永代供養を勧められているのだけどそれもなんだか自分自身とはそぐわず、死というのは死者ではなく残る者の問題なのだとつくづくと。

八月九月は実に抹香臭い季節であることよ。
句も歌もそんなのばかりできてしまう。
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