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少し長めの旅をしていた。
九州生まれのせいか根っからの南体質で、ずっと気になっていた屋久島へ。
よく目にする杉の大樹たちも良かったが(とはいえ有名な縄文杉もウィルソン株にも行かなかった、わりと意志的に)ゆっくりと時間をかけて歩いた島の西部の原生林の森がとても気に入った。

お天気はいまいちだったけど山もたくさん歩いてきた。
もう一度、できることなら行きたい場所ができたのでいくらか前向きになれるかもしれない。

たくさん写真を撮ったのでおいおいUPするつもりです。
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□  1216
 賛美歌など決して歌はず死にゆかむ無神とふ名の猫肩に乗せ
                    (題詠2014:46 賛)

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というわけで昨日から赤城山を歩いてきた。
JRの信号機故障で最初から計画は狂いに狂い、二日ともたいした山でもないのに登り口までの道を迷いに迷い、三ヶ月の空白は思っていた以上に身体をふにゃふにゃにしていて帰りのバスの中で既にあちこち痛くてがくがくになっていたけれど、まずは楽しかった。

写真は鳥居峠から見下ろす覚満渕。台風の影響で午後から雨という予報であたしにしては凄く早朝から動いたのだけどうろうろし過ぎて思っていたより遅い時刻の光になってしまった。まだ秋色は気配だけだが紅葉が始まるとここからの景色はなかなかのものになる。

奥が大沼で昨夜はその岸辺にある青木旅館に泊った。
雷鳥や晶子も泊ったという歴史ある旅館で一度泊りたかったのだが、夫と動いている頃は車だとすぐ近くの赤城山で一泊するなんてと鼻で嗤われて、確かにそれは正論ではあった(とはいえもっと近くの隣の市の今はない鉱泉宿には泊まったことがある)。
予約サイトではトイレは部屋にはない、シャンプーはなるべくしないように、なんていかにも山の宿らしいことが書いてあったが実際はウォシュレットも野の花が添えられた今風の洗面台もついていて、温泉ではないけれど深い湯舟の大きなお風呂も時間を問わず入れ、お女将さんはさりげなく気働きする魅力的な方で、ご飯がめちゃくちゃ美味しかった。彼も生意気言ってないで一度泊ってみれば良かったのに。

一番の目的だった降るような星空は残念ながら雲が厚くて見られなかったが静かな夜を静かに満喫してきた。
□  1215
 鬼となる覚悟もなしに道を云ふきみを愛しと思ふ十六夜

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山を歩かないときはけっこう山の本を読む。
夫の残したガイドブックやひとりで登るときの注意事項の本、旅したい場所の山のこと、行けるかどうか判らない遠い南の山の本 etc. 

いま一番のお気に入りは「日本100低名山」で、この世には深田久弥の”百名山”を筆頭に様々な全国規模の百名山があり、各県にはそれぞれ独自の百名山がある。もっと範囲を狭くしてわが町にも最近夫のHP仲間が選定した百山があり、隣の町にもその市だけで選ばれた百名山があるけれど、もちろんあたしはどれひとつ全部は登ってはいない。
高い山は体力的にきっと無理だし遠い山はなにしろ遠い。たいていの山はひとりで歩くことなど考えられもしないけれど、”低名山”と聞けばそのいくつかはなんとかなるんじゃあるまいかと手に入れた。開いてみれば近場の、夫やその後友人たちと歩いた山がちらほらと入っている。
根本山、鳴神山、行道山に鍋割山、三毳山も荒船山も近場といえば近場。監修の”低い山を歩く会”さんの拠点が関東なのだろう、伊豆ヶ岳、大霧山、宝登山、大岳山、もちろん高尾山も御岳山も、鋸山まで入っていて、あれこれ思い出しては楽しいが、どれもふだんあたしが歩く山からみればかなり高くてひとりで歩ける山がいくつあるか実に心許ない。もっと可愛い里山で道がしっかりしたっコースのこのテの本はないかしら。

もっともあたしには自分の歩いた山はどれも名(を呼びたくなる)山なのだからひとさまが決めた百名山にそんなに拘るわけでもなく、どこでもいい、もし天辺に立てなくても少しまた歩いてみるかと、まあ本を読む度に思ってはいるのだよ、きみ。秋だもんね。
□  1159
 窓叩きゆうべ来たのはきみかしら庭に落ちてる乾いた鱗
                        (題詠2014:32 叩)

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山を歩いていると、同じ道なのに登っているときと下るときでは全く違うものを見ているのに驚くことがある。ちょうど今山は花の季節で、登る行手に空を背景に輝くヤシオツツジは儚いような淡いピンクで、登れば登るほど花数を増し、櫟や楢の若い葉は陽光に透けて微かに揺らぎ、あの空まで、あの空までと稜線が向きを変える度に開ける空は青が冴える。

山頂で長々と時間に浸り、さてと腰を上げて天辺の眺めを惜しみ、ゆるゆると下り出すと目の下の花は色濃く広がっていて、道脇の小さな草の花やまだ枯木に紛う樹肌の傷などに目がゆき、花叢は思ったより厚みがあってひとつひとつの花びらの反り具合や雄蕊から零れる花粉や、小さなものがありありと見える。
勿論下り道の方が短く思える。

これを地上の高低ではなく、時間を軸に移し替えると、一番の盛り(天辺)までは常に前を向き上を眺めて過ごし、盛りを過ぎると俯いて小さなものを慈しむようになる、と言うのはまあ一種の詭弁ではあるけれど、少しは思い当たることもある。なんたって長いものを書いたり読んだりする膂力がなくなって、たった17音のちまちました俳句なんかを作るようになったのだもの。
そんなことを言ったら俳句のひとに叱られるし、若い頃から俳句一筋のひとだってたくさんいらっしゃるけれど、あたしの実感としては俳句の特殊性は伝統やら侘び寂びやらではなくて、その短さとリズムにしかない(それは間違いなく下りの景色)。

けれども現実の山歩きはたいてい、折り返しの往復ではなくて一本の長い線分で、ここのところ同じ道を上下することは滅多になく、そうなると目にするものはみな一回きり。どれも天辺の眺めと変らなくなって、それなら盛りの持続とも言えるのか。
いやいや、これは全くの詭弁。

写真は近くの小さなピークの樹。なんでこんなことになったのやら。
□  1156
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題詠の次のお題が”栗”で、栗鼠と栗田ひろみの前歯とおでこしか思い浮かばずいまひとつ。そんなときはまず歩こうってんで、あの山火事の跡も気になるし、下から見上げるすぐ近くの山肌のなんともいえない緑の重なりと派手やかに混じる山躑躅の近年稀なる豪華さも気になる。

とはいえ歯医者の日だったので既に昼過ぎ。一番手軽なルートからほんの少し稜線を辿ってみた。
今年は花のあたりなのか、あたしの目が花を求めているのか、斜面は躑躅が咲き乱れいくらか高くなるとあっけらかんとした山躑躅の色に、少し哀愁を含む紫がかった三葉躑躅も混じって、ふわふわ白いのは青梻、タモってこんな字なんですね、葉脈の美しい緑に映える胡麻木の花、山吹の黄は鮮やか過ぎ、足元には稚児百合や相変わらず見分けられない菫は途切れずに、ひときわ目をひく白い碇草の群生。思えばずいぶん花の名を呼べるようになったものだ。

雨降山の頂上直下は驚くほど山躑躅が増えていて、まだ蕾が多いけれど一斉に開いたら修羅場の如く紅と朱が視界を覆うんではあるまいか。
植林帯を透かせて右に見えるのは昨年の火事跡で、すっかり伐採されてむき出しになった山土が季節を知らない色で広がって、来年はこの色があちらにもこちらにも増えるのだろう。
木々の間を縫う山道を辿り、隣のピークを過ぎて下りにかかれば倒木が道を塞いで、これは早春の大雪のためかしら。中に入れば山は年々変化している。

下りきる直前大きな栗の木があって、まだ柔らかな白の勝った葉を揺らし、桃栗三年、栗の成長は早いそうですぐ大木になるのだとか。この山域、ブナ科の樹木が多くて秋には団栗がたくさん落ちる。おお、団栗も天津甘栗も使えるではないか、歩くもんだわと喜んでいたら倒木を避けてぐるっと回る踏み跡になにやら動物の足跡を認め、うあこれは蹄ではない、しかもまだついたばかり、もしかして火に追われてきたのかしら。
慌てて天津甘栗の歌をでっち上げ、調子っぱずれなんか気にしてられない。あたしにしては思い切った大声で、天津甘栗が終ればモンブランに栗きんとん、マロングラッセの歌と次々にでたらめを歌いながら雨降山まで戻ったのだった。

短歌なんかひとつもできない。ほんとに臆病で嫌になる。
□  1154
 新緑の泡立つ呼気を遮って煮過ぎたスープ緩慢な死
                      (題詠2014:29 スープ)

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短歌とは全く関係ないけれど、写真は昨日歩いた山里で撮るカッコ草。
当市とお隣のみどり市の境をなす鳴神山だけに生育するサクラソウの仲間で、戦後すぐあたりまではこの山の沢筋を一面ピンクに染めるほどあったものが、いまや野生のものは800株ほど。植物に限らず減少し出すと交配はどんどん可能性が減って種は衰弱し絶滅する。
地元の篤志家の尽力でなんとかそれを防ごうと色々な試みがされているが失われたものを取り戻すことは難しい。野生地は極秘にされて虫のかわりにひとが離れた野生地間の受粉を促したり、山襞でクローン栽培がされたりしているが、純粋にここ固有の種を残していくのは非常に困難で高い技術がいるらしい。

鳴神山には他にもナルカミスミレという固有種がありこちらも絶滅が危惧されている。これは白い菫としかあたしには判らず、白菫を見つける度に写真を撮って詳しい方に見てもらうのだが、未だにほんとのナルカミスミレには出会えない。これも野生地は極秘で大切にされていると聞く。

植林や宅地開発や道路の設置で年々失われる植物はここだけに限らず数多あるだろう。
カッコ草もかつて山間一面に咲いていた頃はほとんどその固有性は知られずに、環境を破壊されたり盗掘されたりしてもそんなに大きくは騒がれなかった。絶滅しきる前に有識者に知られたのは間一髪の幸いだったと思う。

とはいえ、実はあたしはカッコ草と他のサクラソウ(さすがにプリムラとの違いは判るけれど)との見分けがつかないし、菫の仲間は幾度教えられても些細な間違い探しのようにしか思えずにいる。植物に限らず、猫以外の動物の個体差も毎日嫌というほど目にする車種もよく判らないし、下手をすれば別の場所で会うご近所の方々も見分けがつかないこともある。注意力が散漫なのか認知力の欠陥なのか、若い頃からそうなので老化のせいじゃないことは確か。
でもそんな脳の持主であっても山で出会う花はどれも可憐で嬉しい。
□  1131
 月並な援護射撃はいらないわ狂ひのあとの透明な空
                      (題詠2014:18 援)

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昔、連休明けの腐った雪を夫と下ったことがあった。彼の余分のアイゼンをくるくる縛り付けてピッケルの使い方を教えられ、下り始めてすぐに転倒すれば加速がついて言葉で教わったことなど何の役にも立たずに、派手な悲鳴を上げながらずいぶん滑り落ちて立ち木にぶつかってやっと止まった。たいした怪我もなく済んだけれどあたしも怖かったし、夫だってあたしがとことん鈍いのだと気づいて、その後は雪の林道を一度歩いただけでアイゼンを使ったことはなかった。

今年は雪が多くて山の知り合いのHPは雪景色ばかり。とても楽しそうでいつも山行でご厄介をかけている方に思い切って雪山入門をお願いした。
自分で持つ初アイゼンは昔のものと違ってなんと便利なんだろう。紐なんかでくくり付けず、山靴を載せてベルトでかっちり装着すれば底に雪も貼り付かない。固めの雪をがしがし噛んで歩く快さ!入門なので勿論難しい山ではないらしいが全身汗まみれの登り下りを楽しんできた。
アイゼンのことばかり考えていたので他に気が回らずサングラスなしで歩くと、雪は複雑に変化して朱華や紫や緑や薔薇色や鬱金色あらゆる色の光を散らして輝き、空は鉄紺に深くなって身体の中に真直ぐに降りて来る。空と雪の間で一本の光の帯になって解けて流れる不思議な時間を堪能した。

目を閉じると今も光は瞼の裏で乱反射してちょっと幸せな気分である。
□  1127
 幻聴といふには余りに生々し”おいで”と誘う春からの声

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昨年末から裏山ばかり歩いていた。先月は二度も、こちらでは珍しい積雪があったので暫く休んでいたのだが、昨日久しぶりに大きく周回して来た。夫とはこのコースを何回かに分けて歩いていたのだから、どういう因果か彼がいなくなってからの方があたしの足は丈夫になったということで、いや山だけではなくひとりで動く行動範囲が驚くほど大きくなっていて、彼が見たら間違いなく目を瞠いてそんなヤツと思わなかったと呆れるだろう。
ひとりで旅に出たり少し遠くへ出かけたりする度に実はちょっと彼を裏切っているような気分にもなる。

けれども昨日は彼のお墓へ、彼が歩いた道を忠実に、彼のゆったりした歩幅を思い出し彼の話をしながら、彼の友人だった俳人と一緒に歩いたのだから全く裏切りではないわけで、きっと途中からあたし達と一緒にふらふらと歩いてくれたんだと思う。って、まあ死んだ後は無、と思っているくせに先に逝ったひとに対してはどうしても無にしたくない矛盾はこの際目を瞑っておこう。

上の方の日陰にはまだほんの少し雪が残り、風が冷たい日だったが空は晴れて遠景は霞んでいた。植林帯以外は茶色一色で、土もぱらぱらと乾いてまだ春の匂いはなかったけれど、思い出を共有してくれるひとと歩けば心はいくらか春の色。彼がいなくなって一年ほどは、何度も声を上げて泣きながら歩いたこともいまは笑いながら話せる。
山にいるとついそこに彼がいて一緒に立ち止まって空を見上げたり遠くを眺めていてくれたり、そんな気配を安心して受け入れている。自分の死後なんかこれっぽっちも信じてはいないのだけど、あたしが生きてる限り彼と山の存在は絶対必要条件なのだ。




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