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 上書きはしない恋だと決めたのに語れば想い新たに生まれ

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すぐ裏が山なので、ときどき山支度をして出かけるときには必ず何を採りに行くのかご近所の方に聞かれる。いいえ何も、ただ歩くだけ、と答える度にそのなにが面白いのか怪訝な顔をされ、だいたいあたしは山野草も茸も木の花もほとんど判らず、歩くときは地面か空ばかり見ているので、一度歩けば百枚を超える写真のほとんどが道と空だけ、山と親しく暮らし恵みを楽しむ方から見れば馬鹿みたいなものだろう。

無知は自覚しているので憐れまれても仕方ないのだが、先日の山ではみなさんお浸しにすると美味しい野草の採取や、咲き始めた小さな花々を愛でてらっしゃるのに、持ち帰ったのが鹿の頭蓋骨。
走り損ねて落ちたのか、狩られて解体された後なのか、詳しい方が二、三歳であろうと仰る小さな頭で、角は根元だけ、もう綺麗に骨だけになっていて周囲には脚の関節なども散らばり、なにしろ初めて見る、思わずザックにしまい込み、えっ、そんなものどーするのと驚かれて、いや猫に見せたいだけ。鰺や秋刀魚より大きな食べ物丸ごとを見たことがない無知な猫にこれが鹿だと教えるつもり。
だって骨ですよ、なんて気味悪がられても、風雨に晒されたそれは死の匂いは全くしない。

猫や、えへんぷい、とザックから取り出せば、我が猫は少し嗅いだだけでああ鹿ですねと素っ気なく、あたしとしてはここはもっと驚いたり興奮したりしてほしいところ、嫌がる猫の鼻先に何度も差し出してなんとか遊んでほしいのだが老猫少しも騒がず張り合いのないこと夥しい。
で、ゴミと一緒に捨てるのも剣呑、結局始末に困り、いまあたしの庭の薔薇の下には鹿の頭が転がっているのです。(宇野亜喜良なら美しい絵になるのかもしれないが)
□  798
 きみと来た沢を詰めればあめ色の鹿の頭蓋がひとつ待つ初夏

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壊れた膝の試運転、山を歩きたいけれどいつも連れて行ってくださる山男たちの長いコースはさすがに無理、ひとりで歩けるコースは限られていてつまらない、で、桐生市生涯学習なんたらかんたら主催のハイキングに混じり、まさかこんなときが来ようとは、集団が苦手社交辞令苦手なのに、山深くにある釈尊のお祭りも兼ねているので、地元の顔見知りがたくさんいてなんだか居心地は悪い。

この釈尊、願い事は覿面に叶うそうでみなさん最初の願いが叶い、当然翌年お礼参りに伺いついでに新たなお願いをしてまた叶い、叶ったからにはまた翌年行かねばならず、行けば再びお願いがあり、という無限連鎖、もう何年も登っているのだと聞かされて、で、まさか子宝ではないでしょうねと恐々お聞きすれば、願いは他言無用の決まりなんだとか。どなたも口を揃えて仰るからにはほんとに霊験灼かではあるのだろう。案外皆さん健康を祈ってらして、この日だけ掛けられるロープに縋る難所もあり、沢の頭は急傾斜、毎年これを歩けるということは確かにご利益有り難し、桐生市の平均年令を上げている一助になっているのかも。

あたしも行き着けたのはこれが二度目で、でも山奥の岩窟の300kgはあろうかという美男の釈尊に毎度感嘆するだけでお願いをするのをまた忘れ、サポーターでがっちり固めた膝は翌日も痛くはならず、ひとに聞かれたらこの釈尊のおかげと言って、年に一度ではなく常にひとが歩けば踏み跡がもう少ししっかりしてひとりでも歩けるコースになるかもしれない。
今回は団体行動、もっと上の明るい緑や向いの岩上、隣の岩窟には行けないで歩き足りない気分のまま全く似合わない「生涯学習」の半日を終える。
□  797
            雀の鉄砲


  かなしみも尽きて雀の鉄砲吹く
  松緑摘んでる男の舌ピアス
  雨脚の白き爪先春の果て
  白ぬきで全炉停止と今朝の夏
  、、をつけて卵の卯月の卯
  苗売に名のない謎の苗貰う






□  796
 踏み出せばおどろ黒髪振りたてて上目遣いの鬼の空泣き

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夫の親友俳人がその機関誌の選者をし始めた。ふえー大変、というのが読ませてもらった感想で、毎月何句が選んで選を書くというのは俳句を作るより力がいるのだろう、山のHPの方に頂いていた歳時記はもうしばらくお休みしている。

父は野見山朱鳥を師として朱鳥に読んでもらい選んでもらうのを励みにしていた。
あたしは何に対しても悪い癖、好きな句や短歌はたくさんあっても このひと というほど強く心を寄せるまでに作者に肩入れできず、ほとんど自動筆記に近い言葉の切れ端を句や短歌だと強弁して、確かな方法論もあるべき形も持たず、どれもこれも これではない、少し違う という本能だけであれこれ書いては、読まれたいひと、師と仰げるひとを持たないまま続けている。このいい時代、ネットで詠んでどこかにいるだろう誰かに読まれることをささやかな楽しみにしているだが、ネットのない時代ならノートに書き溜めるしかなかったろう。

パソコン通信時代、筒井康隆が中心のたった20枚の短編の文学賞があって、そのときは選者が全ての作品を読むという、筒井さんに読まれたくて書き始め、二度目からは小林恭二さんに読まれたくて、熱病のように何度か書いた。短い期間で終わってしまったのだが、あれが唯一、読者を決めた創作で、そのときは推敲を繰り返し、暗記できるほどに自作を読んで、たぶん俳句も短歌もそうしてゆかなければ絶対に上手くなれないだろうと思ってはいるのだが、残念なことに読まれたいひとが見当たらない(という傲岸不遜)
□  795
 白群の少女の午睡にすべりこむ黒豹の背のなめらかな骨

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夕方猫が痙攣を起こす。
夫の葬儀のすぐ後にも一度起こしたことがあり、そのときは祭壇だけを置く部屋の隅から隅まで小さな身体が跳ね回り、もうどうしていいか判らない、声をかけても身体中の筋肉が固く強張って押さえつけるのも可哀想、だからといって跳ねるに任せるわけにもゆかず、毛布で包んで夫の名を呼びながらただ泣いた。
おさまってすぐタクシーを飛ばし、小さな頃によくかかった獣医さんに連れて行ったのだが、もうけろっとして車の中の不自由さを嫌がり、猫にはたまにあること、水をたくさん飲ませるようにして様子を見るという医者の言葉に安心したのだった。

あのときは幾夜もひとりぼっちの留守番、たまにあたしが出入りしてもご飯とトイレの掃除だけ、甘える暇もなくいなくなり、大好きな飼主は顔を見せない。悪い方の飼主が帰ってからもひとの出入りは多く、昼も夜もなく起きていて気分で抱きしめたり、抛っておいたり、猫もただ不安で疲れてしまったのだろう。

今回は普段通りのはずなのに、棒のようになって狭い部屋のあちらへぶつかりこちらにぶつかり跳ね回るのに毛布を被せて、暫く経って痙攣がおさまってもすっかり脱力して、その気のない猫に水を飲ませるのはむつかしい、指で鼻の頭に水をつければ嫌そうに少し舐め、そのうちに眠ってしまう。

三年前より痩せて丸まれば頼りないような嵩になり、深い寝息をたててときどき瞼を震わせる姿を見ていると切なくて、起こさないようそうっと撫でて聞こえないのは判っていてもつい呼びかけて、出鱈目な子守唄を歌う。
□  794
 雨音を聞く夜どこかに野放図に蔓延る世界がまるごと転がる

            うつぎ.

ぞうばん なのか ぞうつがい なのかずっと気になっていた飯島晴子「月光の象番にならぬかといふ」
これを丁寧に読み解いていただいたのがtwitterでいつも気になる不思議な俳句を読んでらっしゃるくろやぎさん
記事を読めばもうそれしかないと思える見事な読みで、ぞうばんであってもぞうつがいであっても句が動かないところまで追ってあって唸ってしまった。
俳句は読み手のものとか誤読の自由とか言ってみても、これだけ作者に添ってじっくりと読む方を知れば、自分の心象だけであっさり意味付けてしまうあたしは単に己れを慰撫しているだけで、これじゃあまあなるつもりはないにしても金輪際俳人にはなれないと思い知る。俳句はやはり眼球。

晴子のこの句は1979年。それより少し前、井の頭公園にはよく行ったのだった。動物園で半日所在なく猿山を眺めたりしていたが、象のはな子も見たはずで、けれどもあたしははな子の物語も飼育員さんのことも知らず、もちろんその頃は俳句なんかと全く縁もなく、ただ自分のこころを持て余して息苦しい時を過ごしていたのだった。

それからもうずいぶん生きてきたというのに、相変わらず全く外を見ないで内側ばかり掻き回して句を作っているあたしは深く深く項垂れる。
□  793
 見交わして母を殺せしおとうとと齧る林檎の香りは高し

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父に言わせれば人は自分の親兄弟・妻・子ども以外の葬式を出して初めて一人前。
親に逆らって生意気な口をきいていた高校生の時分によくそう言われた。

博多の頃、居候というか遠い親戚というかよく判らない父ほどの年のおじさんがいて、祖母の麻雀仲間とも、父の俳句友だちともまた違い、病み窶れたような骨張った身体にいつも風に翻る大きな開襟シャツを着て、お風呂をたててくれたり一緒に散歩したりしたのだけど、何を話したのかほとんど記憶にない。
そのうち入院して祖母に連れられて大きな病院へ何度か見舞いにゆき、権高な祖母だったがそういうときはずいぶん優しい口をきいて、小学校へ上がる前に亡くなって家でお葬式をしたのだと思う。果たしてあのひとは誰で、ほんとうに父が出したのだったか。

病室で苦しそうに息をして、浴衣からはみ出る腕や脛は骨に皮、肋もくっきり出ていて、なのにお腹だけがつやつやと張詰めて光っていたのを覚えている。
腹水と聞き、昔話の海の底の臼が吹き上げる塩のように、その細い身体の病巣からどす黒い水がこんこんと湧き出ているのを思いながら汗を拭いてあげていたのだから、あれは夏だったのだろう。

膝の水を抜くという初めての経験で、恐る恐る見せてもらう注射器。なにかいけないような色かと思いきや、透明の黄色い液体で、あんなものがあたしのどこから流れ出してくるのか。
医師の説明には上の空で、あたしのどこか奥深くにある小さな石臼を思う。
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 白地図に赤鮮やかな待ち針を刺してさびしきひとりの道行

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