見交わして母を殺せしおとうとと齧る林檎の香りは高し 
父に言わせれば人は自分の親兄弟・妻・子ども以外の葬式を出して初めて一人前。
親に逆らって生意気な口をきいていた高校生の時分によくそう言われた。
博多の頃、居候というか遠い親戚というかよく判らない父ほどの年のおじさんがいて、祖母の麻雀仲間とも、父の俳句友だちともまた違い、病み窶れたような骨張った身体にいつも風に翻る大きな開襟シャツを着て、お風呂をたててくれたり一緒に散歩したりしたのだけど、何を話したのかほとんど記憶にない。
そのうち入院して祖母に連れられて大きな病院へ何度か見舞いにゆき、権高な祖母だったがそういうときはずいぶん優しい口をきいて、小学校へ上がる前に亡くなって家でお葬式をしたのだと思う。果たしてあのひとは誰で、ほんとうに父が出したのだったか。
病室で苦しそうに息をして、浴衣からはみ出る腕や脛は骨に皮、肋もくっきり出ていて、なのにお腹だけがつやつやと張詰めて光っていたのを覚えている。
腹水と聞き、昔話の海の底の臼が吹き上げる塩のように、その細い身体の病巣からどす黒い水がこんこんと湧き出ているのを思いながら汗を拭いてあげていたのだから、あれは夏だったのだろう。
膝の水を抜くという初めての経験で、恐る恐る見せてもらう注射器。なにかいけないような色かと思いきや、透明の黄色い液体で、あんなものがあたしのどこから流れ出してくるのか。
医師の説明には上の空で、あたしのどこか奥深くにある小さな石臼を思う。